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2009年8月10日 (月)

また、あの季節。

 またあの季節がやってきた。山の話ではないので、読まんでもいいです。

 どーにも。戦争である。戦争とは何か。問い続けてもう長くなる。

 太平洋戦争とはなんだったのか、日本人が一番最近に経験した戦争のことを、読んでは考え、考えては読み、やはり、混乱する。テレビをつけると戦争ドキュメントと能天気なバラエティが同居する。あと15年、20年すれば、経験した人は皆無になるだろう。危機感というのか、焦りがある。僕も含め、どれだけの日本人が戦争にリアリティを持ち、日本の、あるいは世界の未来を描けるのか。

 仮に僕が80歳まで生きるとする。このまま行けば、たぶんどこかで戦争を経験することになるような予感がしてならない。地獄を見ていない人間に、地獄は想像できない。だから、少しでも想像できるように、読む。

 レマルク、ヘミングウェイは高校生のときの話。大岡昇平の「野火」などは中学生か高校生かは忘れた。当時の教科書に「俘虜記」が載っていたことによる。ノンフィクションしかり。近年では、城山三郎のいくばくかの作品、吉田満「戦艦大和ノ最期」も一昨年にようやく読んだ。この日本を壊滅寸前まで追いやらなければならなかった戦争とはなんだったのか。

 前にも書いたが、きっかけはベトナム戦争であった。僕は当時は芝居をやっており、ベトナム戦争を追体験しなければならなかった。アメリカ側ではない。有名なソンミの虐殺のように、理由もなく死に直面しなければならない一般市民の側だった。そんな時、封切された「プラトーン」は衝撃的だった。「ディアハンター」で受けた衝撃とはまた別物で、アメリカという国の懐の深さを感じた。「プライベート・ライアン」も凄みがあった。近年では、「硫黄島からの手紙」なども見逃せない。しかし、それらの秀作を発信し続けるアメリカは、同時に戦争を終えることなく継続している軍事国家である。

 話がそれた。太平洋戦争に戻す。

 当時の日本にも穏健派はいた。いろいろな書物を紐解くと、いかに多くの人が暴走し始めた国を憂いていたか。

 歴史は結果論でしか物語れないが、いくら美談であったとしても、それらの人々がいながら、国家という巨大な生き物をとめることはできなかった。最終的には、裕仁天皇のご聖断によってようやく終戦を迎えた、というのが多くの歴史家の一致するところだ。しかし、その天皇でさえもぎりぎりの、日本という国家が首一枚つながっているだけのところでようやく決断することができた。いや、行動に移すことができたと言い換えてもいいのかもしれない。

 いろいろな書物に登場するいろいろな人物に自分を投影してみる。玉砕を命じられた一兵卒か、炸裂する原爆の下にいた広島市民か、空襲で燃え盛る街を逃げ惑う市民か、「火垂るの墓」の兄貴か、出撃する特攻隊員か、広田弘毅か、「硫黄島からの手紙」で、自分の胸に泣きながら手榴弾をあてて飛び散る肉片となる兵士か。

 不思議と好戦派にならないのは、なぜか。戦後教育の成果か。

 しかしである。先週、元上司のところに用事で行った折に、本棚にあった「反骨の海軍大将 井上成美」を借りて読んだ。「石原莞爾ってのは面白いですか?」と問うたら、「この井上成美は面白いよ」というので借りたのだ。

 山本五十六、米内光政と共に海軍三羽ガラスと呼ばれた人物で、この人物がいなかったら終戦はなかったということだった。で、読んだが、終戦前の、実質的には閑職の海軍大将に任じられてからの話なので、井上は部下にいろいろ命じはするが、結果的には何もしていないように感じられた。すべての動きが彼なしでも終戦に向かっており、天皇の御意で決定的になったように思った。読みながら、いろいろな立場に自分を投影してみた。俺ならどう行動できたのだろうか。

 その中に、終戦前夜、クーデターを企て、天皇の玉音放送の録音盤を奪おうとした陸軍の畑中少佐がいた。この人物に自分を投影したときに、少なからず恐れを抱いた。

 俺が彼の立場なら。その心情を理解できる自分に恐れを抱いたのだった。俺が好戦派の真っ只中に、皇国史観の真っ只中にいて、そこに自分の信念や心情を持っていたなら、この人物になってしまう可能性がある。

 二・ニ六事件の青年将校にはまったく同情し得ない。暴挙だといえる。

 しかし、この男の突っ走り方、筋の通し方には、自分がその価値観を持ちえたならという条件付ではあるが、ありえる生き方であり、死に様であった。基本的には小説であるから、その描き方が爽やかだったせいもあるだろう。

 恐れをなしたところに、自分に対してまだ安心してもよいのだな、と思う。

 しかし、一方で好戦派と刺し違えることもあるかも知れぬ。

 如何に生きるか、そして如何に死ぬるか。これは俺にとってはどうやら相当重要なテーマなようだ。俺はすでに舞台上で10回以上は死んでいる。役者としては自分を役に近づけるのではなく、役を自分に近づけるタイプであり、頭の片隅で自分を客観視していながらも、その瞬間瞬間は本気である。

 元上司がこの本を俺に貸したのは、その危うさを気づかせるためだったのではなかったか?

 先日、御在所岳に行ったとき、列車の中で相棒のタケちゃんが、「加藤君は日本人やね」といった。世界を行脚して、いろんな民族を見てきた彼の意見である。

 なぜ、日本は戦争に突入し、「一億玉砕」というフレーズを生み出すまでに、滅亡の一歩手前まで踏み込まねばならなかったのか。

 世界情勢をかんがみ、現実的に、合理的に考えていくと、結局日本は軍隊を持たざるを得なくなる。

 何人の兵士が死のうとも、その戦に勝利した将だけが軍神としてたたえられる。井上成美はそれに我慢がならない人物だったようだ。言い換えれば、戦に勝てば、死んでいった個々の兵士自身は、その肉親は、恋人は、友人は、その死に納得ができるのか。

 われわれは真剣に考えなければならない。語り部がいなくなったとしても、考え続けなければならない。

 

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