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2009年10月13日 (火)

山に何があるのか

 先週、上京ついでに中部山岳のどこかへ出かけるつもりであったが、間の悪いことに台風がやってきて計画をものの見事に吹き飛ばしてくれた。まあ、おかげでひと仕事できたのであるが。

 そういうことで、今月は絶対に「自分のための山登り」に出かけると固く決意したにもかかわらず、月半ばに差し掛かってきた。今週から数日おきに山行きがある。プライベートな山登りもあるのだが、実際は半ば仕事感覚が捨てきれぬ、またはものの見事に仕事的な山登りもある。人生は思うように行かぬものだと、半ばあきらめ、半ば悟ったような今日この頃だ。

 今月末には、もう、槍が降ろうが矢が降ろうが出掛けてやるのだ。そこで確かめてみたい。山に何があるのかを。

 推奨するわけではないが、やはりそれは単独行でなければならぬ。自分ひとりになって、何もかも、肩書きも名前も、自分自身を飾るものすべてを脱ぎ去って山と対峙して、はじめて体感できるものであるはずだから。

 無垢なる魂となって対峙したいのである。いや、反対か。無垢なる魂事に期待しているのか?

 私は登山家でもなければ冒険家でもない。だから、パイオニアワークにはトンと縁がないし、柄でもない。しかし、伝えたいことは山ほど持っている。山に何かがあるから、山のことを伝えようと、日々を過ごしている。でも、それが何かと問われると、具体的に示す何者をも持ち合わせてはいない。

 昔、芝居をやっていたころ、つかこうへいに一時はまった。熱海殺人事件という名作があるが、そのなかに、「故郷には、美しい山があり、美しい川があり、美しい人の心がある」という名台詞がある。たぶん伝えたいのは、こんなようなものだのだ。

 伝えることができれば、人も自然も、愛することができるようになる気がする。故郷を愛するようになり、日本を愛するようになる。政府ではない、わが故国としての日本である。故国を愛することができるようになれば、自ずと他国の人の故国も大切に思えるようになるだろう。果ては世界平和か・・・。

 大仰に言えば、そういうことになる。

 美しいものの前で、美しい心を持ちたい。

 なぜ、花壇の花には美しさを感じず、山野で出会う花には心が動かされるのか。そこには、人の意図などは介在せず、ありのままに生きている生命に出会うからなのだろう。私はそこに美しさを見出すものなのだ。

  

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コメント

加藤さんはYouTubeとかご覧にならないですか?先日見つけたお気に入り動画を紹介します。この人の単独登山記録は本当に楽しいです。
http://www.youtube.com/watch?v=Jldlc0jDzP4
文字に拘らなければこんな表現方法もあるんだなあと感心しました。
平蔵谷を下るなんて夏はできないでしょうが雪がある季節はこんなにも楽しい山旅が出来るんですね。暇と体力と技術がないとダメですけど。
僕の知らない楽しみ方が山にはまだまだありそうです。

投稿: きよし | 2009年10月13日 (火) 21時38分

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