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2010年5月25日 (火)

自然公園指導員と自然保護憲章のはなし

 ここ2週ほど山に行かれないので、自然公園指導員の話など。

 今年から自然公園指導員なるものをやることになった。自然公園とは、国立公園・国定公園など、法律によって定められた自然公園である。

 何をするのかというと、文字通り、その公園内での指導ということになるが、美化の促進や整備の不備なども見受けられれば報告することになる。環境省からの委託業務である。もちろん無報酬だ。

 指導員は全国どこの自然公園でも活動できるが、一応、おもな活動地域というのがあって、僕の場合は金剛生駒紀泉国定公園ということになっている。名簿を見ていると、どういう事情からか東の人のほうが圧倒的に多い。近畿圏では見知った人の名前を結構見かける。仕事柄、山岳ガイドの人が多いのだが。

 さて、指導員が携行するものに「自然公園指導員手帳」というものがある。委託内容や自然公園法などがそこに書いてある。

 興味を引いたのは、自然保護憲章である。存在は知っていてもしっかりと読んだことがなかった。昭和49年、自然保護憲章制定国民会議により制定されたようである。約35年ほど前の話だ。前文と9条の項目に分かれているが、その前文が掲げる理念は、秀逸であると思うので、細かいことは抜きにして、ここに全文を掲載しておく。

 ぜひ読んでもらいたい。そしてそれが35年前に書かれたものであること、そして制定後、こと今に至って、現状を考えるきっかけにしてもらいたい。

自然保護憲章(一部抜粋)

 自然は、人間をはじめとして生きとしいけるものの母胎であり、厳粛で微妙な法則を有しつつ調和をたもつものである。

 人間は、日光、大気、水、大地、動植物などとともに自然を構成し、自然から恩恵とともに試練を受け、それらを生かすことによって文明を築いてきた。

 しかるに、われわれは、いつの日からか、文明の向上を追うあまり、自然のとうとさを忘れ、自然のしくみの微妙さを軽んじ、自然は無尽蔵であるという錯覚から資源を浪費し、自然の調和をそこなってきた。

 この傾向は、近年とくに著しく、大気汚染、水の汚濁、みどりの消滅など、自然界における生物生存の諸条件は、いたるところで均衡が破られ、自然環境は急速に悪化するにいたった。

 この状態がすみやかに改善されなければ、人間の精神は深いところまでむしばまれ、生命の存在さえ危ぶまれるにいたり、われわれの未来は重大な危機に直面する恐れがある。しかも、自然はひとたび破壊されると、復元には長い年月がかかり、あるいはまったく復元できない場合さえある。

 今こそ、自然の厳粛さに目ざめ、自然を征服するとか、自然は人間に従属するなどという思いあがりを捨て、自然をとうとび、自然の調和をそこなうことなく、節度ある利用につとめ、自然環境の保全に国民の総力を結集すべきである。

 よってわれわれは、ここに自然保護憲章を定める。

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コメント

自然保護憲章というものの存在は知っていましたが、なんと!読むのは初めてです。

35年前にこの文章が書かれたことがすごい。
すごいと思うと同時に、35年前にこのようなことに気づいていながら、なぜ今日本はこうなのか・・・

もっと広く読まれていい一文ですね。
ありがとうございます。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2010年5月25日 (火) 07時20分

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