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2013年3月

2013年3月31日 (日)

願わくは

 さて、気づいておられるとは思うが、最近ブログに写真が掲載されとらんですよね。

 どういうことかというと、昨年末のコンピューターいかれちまった事件で、ニューコンピュータにフォトショップが入っとらんので、データを軽く出来ないのでプログページに掲載できんのである。

 そんなこんなで、そのうちなんとかせねばとは思っている。

 さて、で。

 ここに告白するが、明後日のエイプリルフール。長いような短い人生で、初めて入院することになった。

 もうここ1年半くらいになるが、足裏の違和感に始まって、やがて常に靴下を一枚履いているようになり、昨年夏の涸沢フェスティバルの時には最悪で、上高地から横尾に行くのになんども蹴躓きながら、ほうほうの体で歩いた。そしてほうほうの体で槍ヶ岳に登り、ほうほうの体で新穂高に下山した。

 さすがに歩けなくなるかも知れんと危機感を覚えて病院に行き、レントゲンやらMRIを撮ったが、うちの病院では対処しきれんと言われ、別の病院を紹介してもらい、即手術だと言われたが、いろいろ予定が入っているから無理だと断り、その内に歩けるようになったので、じゃあ、経過でも見ようかと言われ、やっぱり手術はよそうと言われ、ついこの間、手術はいらんから別の科を紹介すると言われ、そこを受けたら検査入院しましょうという話になった。

 まあ、別に今さらどうでもいいっちゃいいのだが、そんな態度では自分があまりにもかわいそうだから、検査入院してやることにしたのである。

 そんなわけで明日は、準備をせねばならんのだが、桜も咲いてるし、微妙だなあ、と思っているのである。桜でも見ておかんとやりきれんなあ、と思っているのである。どこに行くかね。

 願わくは 桜の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ

 などと、西行を気取ってみたくなる年頃なのである。

 あーあ。さいならー。

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2013年3月28日 (木)

真意

 真意を伝えるというのは難しいやね。

 それなりに世話になったので、自分の立場や利益はひとまずうっちゃっておいて、一肌脱ぐかと行動を起こしてみるものの、その真意が伝わらなければ余計な行動をしたことになってしまう。

 まあ、僕の場合は、よくあることなんだけれども。

 まあ、覚悟はしていたんだけどもね。伝わらないってのが一番悲しいやね。

 流しておくのが一番楽だし、見えないふりをしておくのが一番楽だし、もっといえば何事もないかのように、淡々と過ごしておくのが処世術か。

 できないんだよねえ。何か卑怯な感じがして。僕だって人間だから裏の気持ちみたいなものがあって、でもそれを隠している自分が嫌だから、その裏を持たないように、できる限り包み隠さず、本音で語ろうしてしまう。

 正面からどんと行ってしまうのだよねえ。

 でも、それは、間違っていないと僕の中では確信があるし、僕の生き方だからその結果には納得するのだ。

 ただ、悲しいのは、真意が伝わらないこと。これは悲しいねえ。さびしいねえ。

 もちろん行動は相手のためのつもり。自分のためといえば、そのために本気で行動できたかと、納得できることぐらい。

 まあ、仕方ないか。

 本音で生きるというのは、処世術とはぶつかり合うものらしい。

 波風立たず淡々と生きるか、本音で、あるいは本気で波風立ててボロボロになって納得して生きるか。

 僕は後者を選ぶという性分らしい。結果として、僕にとっては得することはいつもひとつもないなあ。

 でも真意だけは、なんとかして伝えたいなあ。

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2013年3月24日 (日)

サンデー・モーニングと電気

 テレビを見なくなった。見るのはケーブル系の映画か自然系のもの、地上波ではニュース番組ぐらい。バラエティに関しては、みんな仕事だから頑張ってやってるんだろうけれど、もう見れない。おっさん化したのだろう。

 芸能情報のゴシップに至っては、なんでそんなものを公共の電波を使って流しているのかといぶかしく思う。そんなもの個人の話で誰に関係あるというのか? 誰ぞと誰ぞが結婚したなぞ、いつも飯食いに行く喫茶店のお姉さんが結婚したというよりも関係がない話だ。会ったこともない人の個人的な話を流してそれを楽しむ人がいるというのも不思議だ。僕には全く理解できない。同じ個人的な問題でも、好きな俳優の死などは、とても大きな意味があるように感じるけれども。

 話がそれた。さっき、サンデーモーニングを見た。原発の話題になっていた。安倍政権に変わって、原発の賛成派が反対派を超えたらしい。

 前にも書いたが、原発は安全ではない。震災で初めてそれに気づいた人が多かったこと自体が不思議だとも書いた。でも、誰しもが今回のことで気づいたし、傷ついた。にもかかわらず賛成するということは、覚悟を決めたということなのだろうか。今後また、原発事故が起こったときには、どう反応するのだろう。

 僕自信は、実は偉そうに言えなくて、これも前にも書いたが、代替えエネルギーが見つからない以上、正面から反対できかねている。化石燃料はいずれ枯渇するのははっきりしているし、風力発電にせよ地熱発電にせよ、大規模な自然破壊を伴うわけだからこれも正面から賛成できかねる。

 一番の解決方法は、電気を使用しないことだろうと思う。節電とか、供給規制というよりも、使用規制すればよいのではないか。経済活動の停滞というが、誰も歩いていない御堂筋のショウウインドウに明かりが点っているのはなぜなのか。一から見直せば、かなりの電力の無駄を省けるはずだ。

 電気はいる。しかし、バブル期の1988年ごろの日本の電気使用量が6000億kwhで、2010年現在では、9000億kwh(エネルギー白書2011)。バブル期を知っているものにはこの1.5倍の増加は、考えなきゃならん問題を含んでいるように思える。

 電化が進んだせいもあろうが、本当にそれだけの電気がなくては、僕たちの生活は成り立たないのだろうか?

 

 

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マイク

 マイクというチェコ人の若者がいる。

 こいつはなかなかの曲者で、まあ、外国人らしく日本の登山家はこれっぽっちも知らないのだが、海外の登山家の本は読み漁っておる。

 「ワルテル・ボナッティはスゴイね」とは「ヘルマン・ブールの本はほんと面白かった」とか「レイ・ラシュナル」がどうとか、「リオネル・テレイ」がこうとか。最近の登山家の話は出てこない。話さなかったのかもしれないが。アイガーの話から「ホワイト・スパイダー(邦題「白い蜘蛛」)」の話になって、ずるずると話が弾んだ。

 初めて両親に連れて行かれたのがドロミテだったらしい。13、14の頃だという。だから、気持ちのよりどころはヒマラヤではなく、アルプスだ。

 貪欲で、誰彼誘っては山に行っている。危険なことがしたい。いや、語弊があるなあ。冒険的なことがしたい。言い換えれば、その突き詰めたところにはパイオニア・ワークがある。

 その意味で、安全を第一とする日本の若者と違う。いや、そんな若者もいるけれど、いきなりドロミテに行って、多分フェラータだと思うが、岩に触れさせられたというのは、お国柄というか、土壌が違うのだろう。

 むずかしいなあ。つまり、リスクを冒すことを僕は立場上勧めることはできないが、上を目指すのであれば冒さざるを得ない面があるのは本当だ。「レベル・アップしたい」と彼は言う。

 「日本アルプスなんて初心者でもいけるね」というのは、ある意味本当で、否定できない。20代の頃、何も考えず、山登りをしたこともない先輩と劔岳に登った。僕自身2度目の日本アルプス。先輩と一緒に靴を買いに行ったが、先輩はかっこいいのでワークブーツを買おうとしたが、登山靴の方が歩きやすいですと主張して、従ってもらって、あとで「ほんまやったなあ」と言われた。で、別になんともなかった。カニのタテバイもヨコバイも。

 整備された道を歩くのは、標高がどうであろうと、ハイキングの延長だという考え方だってある。

 ボナッティに憧れるくらいだから、まあ、彼の気持ちからしたらそれは本当だ。

 「経験を積むにしても、リスクの低い方法で積んでいったほうがええで。いきなり死んでも仕方ない」というと、「そう、ヘルマン・ブールもそう言ってる。登山家は経験積む2、3年は死んだらダメだって言ってたね」と抜かしやがる。おいらとブールは大分違うけどなと思いつつ、「結局ブールも山で死んでるで」とは言えなかった。

 マイクの弱点はひとりだということだ。最後は一人でも、その前にちゃんと教えてくれる人が必要だ。そういう人と経験を積めば、一人前になるまでのリスクは大幅に減る。

 ちょっと適当な人を考えてみるかな。マイクが生き残れるように。

 マイク、とりあえずガストン・レビュファのDVDを貸してやるよ。

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2013年3月22日 (金)

しばらくぶりで

 今日は山に行くつもりだった。出掛に郵便屋がやってきて厄介なものを運び込んだので、それからひと騒動して、結局山に行けずじまいだった。もう2週間以上山に行けていない。来週中には一度行っておかないとやばい。

 昨日は、東京の岩崎元郎さんから電話を頂いた。いつもご無沙汰していて申し訳ないのだが、可愛がっていただいている。登山インストラクターの話だった。僕が会員として所属している日本登山インストラクターズ協会というのは、この岩崎さんを中心とした団体なのだ。

 しばらくぶりが続いて、その後、何年かぶりに実家に立ち寄った。そして、今日は、しばらくぶりにかつての上司に電話をした。用事があったわけではないが、いつも不義理をして心配をかけているのと、何となく声が聞きたくなったからである。

 そういう意味では出掛の出来事も、いい意味ではないがしばらくぶりで、まあ、しばらくぶりのことばかりなのであった。

 結局、ただ延々と原稿を書いていた。書き散らすのは得意なのだが、文字数を減らすのにいつも苦労をする。文字数を減らすと、どんどん無味乾燥な文章になっていく。それはそれで、いい方に傾くこともあるが、ブログのように文字数制限なしで書いていると、そのラクサに甘えてしまう。

 ゆえあって、来週中に始末をつけなければならないことがいくつもあるが、どうも気分が膿んでいて、何も進みそうにない。

 もっとしばらくぶりのことが起こらないものか。できればいいことのほうがいいけれど。

 

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2013年3月21日 (木)

レイチェル・カーソンのこと

 レイチェル・カーソンのことを書いてみようと思う。

 言わずとしれた、20世紀において世界に影響を与えた書物として必ず挙げられる『沈黙の春』の著者だ。農薬の濫用による環境への影響を告発したこの本は、1962年に発表され、時代を経て研究が進んだ今では細かい部分でそぐわない部分があるらしいが、「人間と環境」という巨視的なところでは、大いに現代に通じるところがある。本書では、核(放射能)についても少し触れられているが、それは抜きにしても、原子力発電や遺伝子操作作物をはじめとする人類の進歩と環境への影響について、予言といっていいほど的確に指摘されている。

 一冊の本が世界を動せる力があることを証明してみせた、価値ある一冊である。

 今さら僕が書くようなことでもなく、良識のある人であれば、誰でも知っていることだ。

 その次に僕が手に入れたのが『センス・オブ・ワンダー』だった。「不思議さを見つけとる感性」とでも訳すのか。自然に対する感受性を時代の子供たちに伝えようとする、絵本のような本だ。かあの女の没後に発表された本である。

 それは僕の中では、そう、いつも読むわけではないけれど、ふとした時に開きたくなる、いつも手元に置いておきたい本の一つだ。例えば、ニューヨーク・サン新聞の記者が8歳の少女に答えた『サンタクロースっているんでしょうか』のような本である。「イエス、バージニア」というフレーズが、時折僕の脳裏をかすめることがあるように。

 そして、これは最近の話になるが、カーソンの最初の著作である『潮風の下で』と、次の著作で全米でベストセラーとなった『われらをめぐる海』を手に入れて読んでいる。これらはカーソンの海の三部作と呼ばれるもので、もう1冊の『海辺』はまだ手元にはない。

 カーソンに親しみのない僕たちはつい『沈黙の春』に注目して、彼女を環境保護活動家のように誤解してしまうのだが、『センス・オブ・ワンダー』を読むことで自然を愛する彼女の眼差しを、原点とも言える『潮風の下で』を読めば彼女の自然に対する際限のない知識とそれこそ海のように深い理解が、乾いた砂に水が染み入るようにすうっと伝わってくる。

 特に『潮風の下で』は、鳥や魚などを主人公に、詩情豊かに、生物界の食物連鎖や絶妙なバランスなどを語っていく。淡々と語っているにもかかわらずこれほど詩情豊かなのは、それこそ彼女の『センス・オブ・ワンダー』の賜物であり、自然に対する愛情からくるのであろうことはすぐにわかる。一気に読むような本ではない。ほっとひと息つきたい時に、ふと開いてみて字を追って見たくなる、そんな本である。

 カーソンは、子供の頃から自然を愛し、海洋学者となった。その一方で、早くから文章家も目指していたのだという。

 その自然への愛情が、彼女をして『沈黙の春』を書かせしめたことは、想像に難くない。

 レイチェル・カーソンは、ガンのために56歳で亡くなった。

 誰もが知っていていいはずの人である。そして、『沈黙の春』の著者というだけでは彼女の存在価値は測れない。

 僕が最も尊敬する女性のひとりである。

 

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2013年3月20日 (水)

LIFE

 「LIFE」という映画がある。

 いわゆる動物たちをテーマにした映画だ。

 この手の映画はいくらもある。「オーシャンズ」「アース」など。

 自然は美しい。動物の姿というのはなぜもこんなに均整がとれた体をしているのだろうか。

 僕はキリスト教者ではないが、神様が造ったとしか思えない。

 街に住んでいると、これらの生き物たちが同じ空間に棲んでいるということを忘れてしまう。そして人間が、同じ自然に生きる動物であることも。

 その意味で、街に住んでいながら言うので説得力はないが、街というのは罪作りだ。自然と調和のとれた「人間のすみか」たる町ならいいが、虫も住まない街なぞ無くなってしまえ、と思うときがある。虫も棲まぬ街は、そもそも生き物が生きる場所ではないからだ。人間も含めて。

 「自然が好きだ」という人がある。この場合、2つに分かれる。

 自然そのものが好きな人と、自然で遊ぶのが好きな人だ。「山登りが好き」というのと「山が好き」というのは少し違うような気がするのだ。

 最近、頭が固くなってきて、というか、凝り固まってきて、ますます過激になっているようだ。

 まず、自然を理解しない人、自然の存在を忘れている人、自分と自然は関係ないと思っている人を僕は否定する。ヒトであると認めたくない気持ちが働く。

 自然で遊ぶのが好きな人。この人たちは微妙だが、単に遊び場として自然を理解しているのであれば、残念ながら僕の志向とは違う。

 自然とは、本来僕たちが存在すべき場であって、よそからお邪魔する場所ではない。と感じている。

 クライミングや、マウンテンバイク、トレイルランニングなど、ひとしきりやってはみたが、どうやら僕には向上心がないらしく、のめり込めない。クライミングは、山にいるためのひとつの手段として、時々はやらねばならないと感じている。スキーもどうも性に合わない感じがしている。

 スピードが、合わない。歩くスピードがどうやら僕には向いているようだ。そこに自分が存在していると感じる速さがあるのではないかと思うようになった。

 だから、登山は当然ながら僕にとってはスポーツではない。山とは、自分とは何であるのか、何であったのかを思い起こす場所なのだろう。

 自然を理解するというのはたやすいことではないけれど、山で過ごす時間に、ふと自分をその中に溶け込ませる努力をしてみてはどうだろうか。

 自然は美しい。人間もまた、自然であるときが、一番美しいのではないだろうか。

 

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ゴドー

待つ。

ただ待つ。

何を。

今日もまた、日付が変わる。

明るい光が差し込むショウウインドウから交差点を見下ろせば、

信号が青に変わった横断歩道を人々がこちらに向かって歩いてく。

やがてシェードが下ろされて、日が暮れるまで外を見ることは叶わない。

ようやく日差しが陰り、まだ暮れ切らぬ頃あいに、

細いチェーンを引いてシェードを上げてみた。

あいも変わらず信号が青に変わった横断歩道を人々が歩いてく。

夜更けにひとり、部屋に戻って映画を観る。

「人はいつも何かを待っている」。人生のうんちくを老人が語る。

何を。

ゴドーが来ないことは、知っているくせに。

少し心に火が灯り、今日一日は久しぶりに満足な日。

それでもゴドーはやってこない。明日もあさっても、いつまでも来ない。

永遠にゴドーが来ないことを知っていても、気づいていないふりをして待つ。

何を。

何かを。

何かが起こるのを。

気づいていないふりをして、いつまでも待つ。

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2013年3月18日 (月)

怒りとヒゲ

 いい加減なことが多過ぎる。

 怒りがこみ上げ、イライラが募る。

 なんだこれは! どうなってんねん!

 怒っていても、やがてそれはおさまってしまい、やがて妥協がやってくる。

 感情がほとばしる。ほとばしりすぎる。そして今度は妥協する自分がしゃくにさわる。そしてまた怒り。

 人間は考える葦である。ふん。

 考えるのが嫌になる。なぜ考えてしまうのか。

 考えてばっかりだ。考えてばっかりだ。考えてばっかりだ。

 考えるな、考えるな、考えるな。

 自分を変えてみるのも悪くないと、ヒゲを生やし始めて一週間が経つ。

 それでも自分がしゃくにさわる。

 優しい気持ち、優しい気持ち。

 なぜ考えるのだろう。考えてしまうのだろう。

 ああ、いい、うう、ええ、おお。

 無欲とは何か。純粋とは何か。誠実とは何か。優しさとは何か。真実とは何か。

 考えるな、考えるな、考えるな。

 考えない時間。とぼけた時間。

 ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよーん。なんだっけこれ。ああ、やっぱり中原中也か。

 こないだ詩集を開いたときは、この詩は見つけちゃいないのに。いきなり出来たこのフレーズが、やっぱり中原中也だとは。

 汚れっちまった悲しみに、今日も風さえ吹きすぎるのさ。ゆあーん、ゆよーん。

 ちょっと帰ってくれないか。ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよん。

 今はあんたと付き合いたかねえ。ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよん。

 ぴゅーん、ぴゅーん、ぴゅぴぴっぴ。これがおいらのフレーズだ。

 負けるものか。そうれ!

 ぴゅーん、ぴゅーん、ぴゅぴぴっぴ。ぴゅーん、ぴゅーん、ぴゅぴぴっぴ。

 ぴゅーん、ぴゅーん、ぴゅぴぴっぴ。ぴゅーん、ぴゅーん、ぴゅぴぴっぴ。

 ……勝ったぜ。さて、このヒゲ、いつ剃ろうかな。

 

 

 

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登山教室の案内です

 さて、たまにはちゃんと仕事の話もせんといかんので、告知です。

 今年度は、朝日カルチャーセンターで講座を2つ持ちます。

 ひとつは昨年度に引き続き、「六甲山で学ぶ初歩の山歩き 一年間でステップアップ登山」です。歩き方から地図の読み方まで、一年間を通して六甲山を歩き回って、一人前の登山者を目指そうというものです。

 今一つは、「テーマで歩く関西の山」。関西の山々を、四季折々、テーマを持って歩こうというものです。春は花の山歩きをします。

 僕の持っているものを全て出し切って、山の楽しみを知ってもらおうというものです。書籍と違い、皆さんと直接お会いできるので、頑張ってます。

 このブログの左からにある「インフォーメーション」から朝日カルチャーのホームページに飛ぶことができるので、詳しくはそちらで。

 山登り初心者のかた大歓迎です。

 と、ありきたりな文句ですが、告知しておきます。

 では。

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2013年3月17日 (日)

懺悔の部屋

 もともと、このブログを立ち上げたのは、関西の山の情報を流して、関西の山ずきの方々の役に立とうとか、そんなこともあったのですが、商売につながることもあるのではないかとか、そういう打算もありました。

 気が付けば、ご覧のように、山に関係あるようなないような変なブログになってます。

 なぜかというに、自分の商売っ気に嫌気がさしたこともありますが、まあ、近近の山の情報なら、週間ヤマケイに流してしまったりするので、ちょいと評論的なものとか、あるいは心境のようなものを書くようになってしまっています。

 そして、また、そんなことをブログにひとりごちてしまいます。

 

 いろんな人に謝らなければならないことが多いのですが、いまでも後悔している、というか、いかん事をしたな、と思っていることがあります。

 

もう、随分、昔、学生の頃のことでありました。

 それは夏のことで、仲間たちと共に、恒例の合宿なる旅行へ出かけたのでした。サークルに所属するほぼ全員が参加していましたから1回生から4回生まで合わせて(5回生もいたかも)多分30人くらいで、バスを1台チャーターして南紀へ向かったのでした。

 細かいことはあまり覚えていないのですが、勝浦港で釣りをした記憶があります。目を閉じると、のべ竿でチヌを釣った先輩の自慢気な顔が浮かんできますから、多分、2回生のことだったのかなあと思います。記憶違いかもしれませんけれど。

 どういう経緯だったのか、当時お付き合いしていた人が先輩で、彼女は4回生だったのかなあ。それとももっと後のことで就職していたのかなあ。遅れて来たのですね。勝浦で釣りをしたということは、多分勝浦に泊まったのだと思うのですが、宿の記憶がまったくない。彼女が宿に泊まったのかさえ記憶にない。

 勝浦からバスで那智大社へ移動していたことだけは覚えている。そのバスでのことでした。彼女は那智大社に寄ったあと、用事か何かで早めに電車で帰らなければならなかった。確か、バスもそのあとは大阪に帰るだけだったように思います。

 彼女は大阪に「一緒に帰ろう」というようなことを僕に訴えたのでした。僕は「みんなと行動しているのだからそれは出来ない」というようなことを言ったと思います。

 彼女は一人でバスを降りました。

 去っていくバスの車窓から、僕はチラッとだけ彼女を顧みたのです。ひとり立ち尽くし、うつむいている白いノースリーブのシャツを着た彼女の姿が遠ざかっていきました。

 その映像だけは鮮明に残っています。どこか僕の中で知らず知らずのうちに脚色しているかもしれません。しかし、その映像だけは今でも胸にさっと蘇らせることができるのです。

 その数年後、僕は彼女に振られてしまうわけで、もうそれから長い時間が経っていますから、今となっては彼女に対して未練も特別な感情も何もありませんが、その時の悔恨だけは、処理ができずに残っています。

 あの時、なぜ僕はバスを降りなかったのだろう。今から思えば、どうせ帰るだけなのに。

 人を傷つけたことを自覚した、それが最初だったのかもしれません。彼女のいなくなったバスの中で、僕はおそらく、何事もなかったように仲間たちと騒いだのだと思います。後味の悪さをごまかすように。

 多分、あの出来事を覚えているのは僕だけで、傷つけられた当の本人でさえ、すでに記憶の彼方に消え去ってしまっているようなことだと思います。

 些細なことなのですが、僕の心に積もった重荷をひとつ下ろしたいがために、、ここに記し、懺悔いたします。

 ごめんなさい。あの瞬間のことだけは、後悔しています。許してください。

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2013年3月16日 (土)

GOD

 神様なんてものは概念なのさ。

 このところ、ジョン・レノンのこの曲を聞くことが多い。

 この正月、ネパールに行き、エベレストをはじめとするヒマラヤのビッグ・マウンテンに囲まれた風景の中をカラパタールまで行った。10日以上に及ぶ長い歩き旅だったが、その終焉、ルクラの町が行く手の丘の上に見えてきたとき、ふとこの曲が頭の中に思い浮かんだのだった。

 ジョンは、自分が信奉してきたすべてのものを、”I don't beleve"と叫び、最後に”I beleve in me"とポツリと言う。”Yoko and me"と歌う。それだけを僕は信じるのだと。

 

 なぜこの歌が浮かんだのだろうか。ヒマラヤの大自然に圧倒されたからか?

 そうではないだろう。ヒマラヤは神に満ちていた。そこかしこに。ヒマラヤでは山は神であり、それは日本人の心に違和感なく染み込んでくる。山だけではない、木や鳥や、石ころでさえも。そして人も。

 しかし、そのような神々しさの真っただ中で、胸の中にふわりとした温かみを覚えながらも、何かを僕は考えていたのかもしれない。

 そして、旅の終焉で、夢は終わったのだった。”The dream is over"

  さわやかに。清々しく。

 幾ばくかの時間が経った今から思えば、象徴的な啓示だった。

 僕の思想。正しいと思うこと。大切なこと。人生の真実。

 純化していけばいくほどに、それは透きとおり、濃縮されていく。

 全ては、「虚」だったのだ。日々の営みも、存在そのものも。

 最後には感情だけが残るのだろう。気持ちと言ってもいい。愛と言ってもいい。

 ”That's reality" それだけが、現実味を持って僕の胸に迫ってくる。

 ジョン・レノンの思想はよくは知らない。会ったことも話したこともないからね。でも、「GOD」というこの曲が僕の心に響いて、リフレインされている。

 ”What can I say?" どう言えばいいのか?

  Say it again.

   The dream is over.

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2013年3月15日 (金)

さて

さて。

久しぶり、何ヶ月かにブログを書く。

昨年末にコンピュータがぶっ飛んで、手の打ちようがなかったせいもある。

適当にログインのパスワードなんぞを打ち込んだら、入れてしまった。

この間、いろいろあった。

年末から年始にかけてはネパールに行った。冬山は近郊と大山に行ったくらい。ハイキングは、多々出かけている。仕事だし。

しかし、まずい。とにかくまずい。

どうしてしまったのか?

いや、なぜなのかははっきりしてるが、まあ、まずい。

あと3年。いや、3年以内か。ついに決めてしまった。

何をか? それは言えないのである。

言えないのになぜ書くのかというと、書かずにおれないからである。一種の宣言みたいなものか。自分を縛り上げるための。後へは引けなくしてしまうための。

あと3年。短いようで、長いよね、3年って。

チックタック、チックタック、チックタック。

時計の針は進んでいく。

チックタック、チックタック、チックタック。

麗しいねえ。素敵だねえ。

チックタック、チックタック、チックタック。

美しいねえ。何もかも。

チックタック、チックタック、チックタック。

もやし入りのラーメンが、鍋の中でくつくつ言ってます。

美しき日本の山河よ。いつまでも美しくあれ。

チックタック、チックタック。

何も変わらないぜ。時間が経ったところで。少々白髪とシワが増えただけなんだぜ。

チックタック、チックタック。

いつも心に太陽を。

チックタック。

無垢なる魂。

チック。

。。。。

チンクはサファイヤの友達なのであった。

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