カテゴリー「登山道ニュース」の記事

2012年3月29日 (木)

六甲白石谷から荒地山へ

 昨日、六甲山の白石谷へ行った。ほぼ月イチで一緒に行っているJ君と。

 行く場所はたいてい僕が決めているのだが(他の人と行く場合もそうだが)、今回はなんとなくしんどかったので、近場にしようと。時期も中途半端やし。

Img_5856s  六甲の道はたいてい歩いているが、白石谷はまだ行っていなかったので、行ってみることにした。紅葉谷道の白石谷分岐から白石谷に入って白石滝へ。たいていはここから右股にはいって百間滝を目指すのだが、今回は白石滝を巻いていく。白龍滝は六甲の滝の中ではそれなりにスケール感がありよかったが、それ以降は、きわどい巻き道と堰堤越えばかりで、あっけなく魚屋道と合流した。時間があまりそうだったし、連れて来ている以上、J君に楽しんでもらいたいので、芦屋川に下りがてら、荒地山にも足を延ばすことにした。彼もまだ行ったことがないというので。

 しかし、平日にもかかわらず、さすがは六甲、魚屋道から六甲最高峰、雨ヶ峠と、人の多いこと。春休みのため、おじいちゃんおばあちゃんに連れられた子どもたちの姿も目につくが、やはり山ガール・山ボーイたちの姿も多い。いや、もはや「山ガール」などというのも古臭い感じがするほど、若者たちの存在が特別ではなくなってきた。中高年とほぼ同数か、それ以上姿を見たような気がする。多分、京都北山なんかに行くと、ほとんど見かけないのだろうけども。。。

 雨ヶ峠から下っている最中に雨がぱらつき、雷が鳴り出した。天気予報どおりだった。女の子2人組がすれ違いざまに、「雷なってるし、引き返したほうがいいでしょうか?」と尋ねてきた。聞けば雨具も持っているようだし、「ここまで来たら登って有馬に下ったら。戻るのとさして変わらんし」と答えておいた。多分に無責任であるが、大気は不安定で晴れたりぱらついたりの繰り返しが予想されたが、大事はあるまいと判断した。初心者の彼女たちは初心者なりに山を甘く見ないようにと言う意識があるようだったので、好感を持った。

 まあ、とにかく登山界にとってはいいことである。

 果たして、J君は荒地山を喜んでくれた。帰りに天王寺駅で別れた。サッチャーの映画を見て帰るそうである。彼はメリル・ストリープが好きなんだそうな。

 しかし、何で今、鉄の女なのかね。

 

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2010年12月 7日 (火)

そういえば一徳防山

 今思い出したのだが、土曜日に、和泉山脈岩湧山の前衛峰である一徳防山に登った。

 早く出るつもりだったが、仕事の雑用をしているうちに出るのが昼近くになってしまい、起点である南花台4丁目のバス停に着いたのは12時半を過ぎていた。登山地図を見ていると、登りが2時間ほどかかりそうだったから、飛ばす飛ばす、登山口を見つけ損ねて時間を20分ほどロスしたせいもあり、さらに拍車がかかった。走ったわけではないが、14時5分には山頂に立っていたので、まあ、1時間チョイで登ってしまった。

Img_0078s  一徳防山の先にある鉄塔のあるピークで30分ほど金剛山や大阪の町を眺めた。その先の編笠山まで行こうかとも思ったが、大休止をするとめんどくさくなって素直に山を降りた。

 なんということもない山だったが、静かであり、雑木の黄紅葉が楽しめたのであった。Img_0088s

 なんでこうまでして無理に登らねばならぬのかとも思うが、最近忙しかったので、十分に秋の山に登れていない。そのあせりの結果の山である。手軽さから白羽の矢を立てたのであった。ごめんね、一徳防山。今度はゆっくり登るからね。

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2010年4月21日 (水)

大和葛城山の新ルート「北尾根コース」解禁の由

 あーいらいらする。何でか知らんが、書いてる途中にホームページが閉じてしまうことがある。せっかく書いたのに。

 気を取り直してもう一度最初から。

 昨年秋、大和葛城山のメインルート「櫛羅の滝コース」が台風被害のために壊滅した。何月号だったか忘れたが『山と溪谷』にも書いた。

 これにより、奈良県御所市側からのルートがなくなってしまったわけだが、最盛期のつつじの季節を前にして、今は廃道になっていた北尾根にあるコースを地元御所市が、はや半年で再整備し、3月末に解禁となった。

Img_6654s 雨とわかっていながらも、行かねばならぬのが僕の生業であるので、行ってきたわけだ。

 で、このコース。とてもいい。僕的には櫛羅の滝コースよりもいい。展望はあるし、なによりも植林帯が大半を占めていた櫛羅の滝コースよりも自然度が高い。今日はヤマザクラとミツバツツジが楽しめたが、しばらくするとヤマツツジやモチツツジが沿道を飾るだろう。

 惜しむらくは、尾根上に点々と立つ電柱だが、これは見てみないフリをすればいい。あと、気になるのは急坂にもかかわらず、土を掘って階段にしている箇所が多く、整備したての今はいいが、多くの人が歩くようになると、かなり滑りやすくなるだろう。このあたりは、急場しのぎなのでいたし方がないだろうが、いずれ対処が必要になるだろう。

 道は上部で2分する。一方は自然研究路へ、一方はダイヤモンドトレールに突き上げる。今の季節なら、断然自然研究路に向かうことをおすすめする。

Img_6631s  というのは、自然研究路は今、カタクリの花盛りなのである。しかも結構な大群生なのだが、意外と知らない人が多い。誰も隠してはいないのだが、これもツツジが有名すぎるからだろう。今日はあいにくの曇天で、カタクリちゃんは休憩中。知っている人は多いと思うが、カタクリは晴れていれば花を開くが、雨が降っていたり曇っていたりすると、花を閉じてしまうのである。

Img_6712s_2   下りには晴れてきたので、麓の田舎道を楽しんだ。

 で、帰阪して、クライミングジムのパンプ大阪へ。クライマーもどきを卒業すべく、何本かリードで登らせてもらったのであった。

 ついでに。検索ワードを見ると、大台ケ原の大台荘が気になっている人が多いようなので、一言。大台荘は奈良県が大株主であった吉野熊野観光開発が経営していたが、昨年に解散、その行く末が気になっているところ。奈良県によれば、とりあえず引継ぎの業者は決定している。GWのドライブウェイ開通後、再開業のためのいろいろな検査が入ってから、引き続き営業する予定である。ということですので、しばしお待ちを。

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2010年4月 2日 (金)

醍醐の桜

 4月が始まった。

 大きな仕事はないが、やたら忙しい月になりそうだ。しかし間隙を縫いつつ、山に行かねばと、京都へ足を運んだ。お目当ては桜の山だ。

 桜といえば、醍醐。秀吉の花見で有名な醍醐寺である。その奥、醍醐山には上醍醐寺がある。言えば、セットなのだが、上醍醐寺への参道は、一般の観光客にはなかなか大変な道だ。登山者的には、まあ、小さな山に登った程度ではあるが。

Img_5790s  醍醐寺のホームページで「満開」とあったので、機を逃さぬように出かけたのだったが、実際はもう一歩というところか。

 天気は花曇だったが、桜の時期とあって、醍醐寺は日本人、外国人で大賑わい。上醍醐寺に向かう人も、そこそこいて、みんな元気で、何よりである。醍醐寺といえば、三宝院門跡、修験道当山派の本拠である。この手のジャンルの山歩きは久しぶりだ。こないだ大峰。山上ヶ岳には登ったが、まあ、あれは冬期登山であって、どちらかといえばアルピニズム的な登山であった。Img_5836s

Img_5925s  予定では、上醍醐寺から岩間寺経由で石山寺へ抜ける、つまり西国三十三ヶ所の巡礼道を歩くつもりであったが、上醍醐から下る途中で、立派な道標を見つけた。「左 志ゆんれい道 右 奥院本宮道」と刻まれていた。ああ、また気まぐれを起してしまい、奥の院へ向かうという道に入ってしまった。すぐに奥の院があれば、取って返して岩間寺へ向かうつもりだったが、どんどん下って今度は「左 すく岩まてら道 右 おくのいんミち」という、観音様と役行者が刻まれた道標を見て、登り始めたところで、OK、予定変更、奥の院へ参って、その行場とやらをのぞいていこうと、腹を決めた。

 途中の分岐で、左は奥の院、右は東の覗きを示していたので、まずは奥の院へ。と、えっ、これが奥の院! なんと奥の院は大人2、3人がしゃがんで入れるほどの窟であった。中には4体の石仏があったが、なにか不敬な感じがして入るのがためらわれ、おまけに目が悪いので詳しくは確認せずに奥の院を後にした。

 今度は東の覗き。で、振り返ると斜面に道が拓かれていて「回峰道」などと道標が立っている。予備知識なしで来たが、これ幸いと、回峰道をたどってみることにした。どこへたどり着くかは知らないが、地形図だけは持参しているので、不安感は一切ない。何の変哲もない尾根道をたどっていくと下りに転じ、谷を挟んだ向かいの尾根に上醍醐寺が見えた。なんだか知らぬが石を祀った岩上に出、鎖場を経て谷に降り立って、林道をたどり、上醍醐寺に戻った。

Img_5999s  夕刻、醍醐寺へ下りつくと、天気は上々、観光客の賑わいはまだ続いていた。

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2009年9月 9日 (水)

秘境大杉谷渓谷へ。吉野熊野国立公園大杉谷平等嵓周辺整備に関わる現地説明会、ああ、長ったらしい

 7日、8日と、大台ヶ原東に位置する大渓谷、大杉谷に入った。

 ご存じない方も、ある方も、ざっくり言うと、平成16年に周辺を襲った豪雨により、吊橋2橋が流され、その他、各所で登山道が崩壊し、以来大杉谷は通行止めである。

 平成19年度から過去5回の検討会に有識者として参加し、ほぼ方向性は出たものの、今一度現地確認のために現地の説明会が催されたのである。最初に断っておくが、今回はそのために入ることができたが、当然ながら、現在は一般登山者は入ることができない。

 6日、紀勢本線三瀬谷駅に、環境省熊野自然保護官事務所の野川自然保護官(自然保護官は平たく言うとレンジャーのこと)が迎えに来てくれ、前泊するロッジ大杉谷に入った。ここで、コンサルタント会社の建設技術研究所の牧さんはじめとする面々、近畿地方管理事務所の統括自然保護企画官の佐々木さん、家入整備計画専門官、福田自然保護官と合流した。

 翌朝、5時30分起床、7時30分、宮川第3発電所に、その他の参加者と合流した。

Img_9860s_2  検討会で司会進行役を務められた三重大学の沼本先生、大杉谷自然学校の森さんと旧交を温めた。沼本先生は砂防を専門とする人で、今日は研究室の学生、花田君を連れてきている。その他、三重県からは自然環境室の辻本さんはじめ4人、地元大台町から2人、三重県山岳連盟の根本さん、中日新聞の小林さんら、合計20人の大所帯である。残念ながら、有識者のほかの4人の先生方はスケジュールの都合か、不参加であった。

Img_9883s_2  下流、京良谷出合の先あたりまではすでに三重県の整備が進んでいるが、その先は手付かずである。1日目のメインである、平等嵓に着いたのが、11時30分ごろ。吊橋の橋台の設置予定箇所を見て周り説明を受け、昼食後、平等嵓先の歩道崩落箇所を見て回る。ここはやはり、案どおりの迂回路を設置するのがベストであると僕は結論付けた。また、そう大きく手を加える必要もなく設置できるという実感を得た。Img_9910s_2 

 7日に別の予定のある森さんと建技研の動植物調査担当の伊藤さんとはここでサヨナラし、宿泊地の桃の木山の家へ。被災以来、関係者が年に数回、仮の宿として使用しているだけの桃の木山の家であるが、ご主人の塩崎さんが、今日のために前日入りし、掃除をし、飲料水を確保して待っていてくれた。

Img_9939s  食事はもちろん自前である。風呂もないが、こうして山小屋に泊まれるのがとてもありがたい。風呂がないので、何人かが山小屋前の淵にパンツ一丁で飛び込んだ。僕も加わった。立場はそれぞれ違ういい年をした男たちが、一堂に会し、同じ自然の中で泳ぎまわっている姿はなかなかいい感じであった。

 それぞれがバーナーを取り出し、食事の用意をする。みんな重いにもかかわらず、酒をザックに忍ばせてきており、続々とつまみが出てきた。活気あふれる桃の木の食堂は、実に5年ぶりのことだ。

 翌朝、5時30分起床。6時30分、大杉谷災害の最大の光滝崩落地に向かう。前回訪れたのは2年前である。崩落地の斜面の角度が記憶より急で、どうにも改めてその凄まじさに目を見張る。一同は伏流となった流心を抜けて上部へ、僕と沼本先生、三重岳連の根本さんは重なり積もる巨岩を登って上部へ抜けた。

Img_0008s_2Img_0021s_2      問題はここをどう通過するかである。当初、吊橋も検討されたがあまりにも大規模であるので、予算の問題や、自然環境に対するダメージを考慮すると不可能であるということは検討会で結論付けられていた。一同が歩いた流心を抜けるルートは増水すると水の流れ道になるために、やはり無理があると思われた。残るは僕がたどった巨岩をつなぎながら越えるルートであり、現実的にはそれしかないと思われる。しかし、僕と沼本先生一行、建技研で地質専門の棈松さん、環境省佐々木さん、野川さんで、崩落の上部に視察に行ったが、河床から目立つ岩塔が崩落の可能性をはらんでおり、このあたりの判断が非常に難しいと思われた。幾重にも張り巡らされた法規制のなかで、この岩塔を人為的に落とすことも無理らしい。

 大杉谷の開通を心待ちにしている方々のために現在のところの話をすれば、2、3年後には桃の木山の家まで、またはその上部、光滝大崩落までは、開通するだろう。しかし、大台ヶ原、日出ヶ岳と結ぶ全線が開通するのはこの大崩落の地盤が安定するか否かにかかっている。

 もちろん、この場の管理責任が問われず、すべて自己責任という確約の上で通行可とする判断もあろうが、現状では、さまざまなところで発生している管理責任の補償問題がやはりネックとなる。相当な勇気がなければこの判断は国も県も下せないだろう。

 いずれ、詳しいことはいずれかの紙面で発表したい。

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2009年8月27日 (木)

とりあえず一つ目。キツネノカミソリ

 去る8月12日の話。

 間隙を縫うようにして日本山岳会関西支部の自然観察会へ。

 夏に紹介する花というのはあんまりないが、なんと、驚いた。

 北摂のとある谷筋に、何ということかキツネノカミソリの大群落が。まあ、キツネノカミソリ自体は珍しくともなんともないが、コレだけ群生すると壮観だ。Img_9054s

 ちょっと、来年の夏のネタなので、それまでは具体的な場所は今は伏せておく。

 里山整備に伴って、ササの下刈りをしたところ一気に花を咲かせたのだという。これは日の当たらぬササの下で、キツネノカミソリが細々と生きていたということに他ならない。Img_9023s

 自然のバランスの妙とでも言うのか。

 急ぎ足に8月の報告第1弾でした。

 

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2009年8月 4日 (火)

3週間ぶりの山・鈴鹿、御在所岳

 いや、暑かった。気がつけば、この間登った石鎚山から3週間が経っている。仕事の進行が予断を許さないので、できれば1日がつぶれてしまう山行きは避けたいが、行かねば仕事にもならぬ。

 ああ、つらい。

Img_8807s  で、梅雨が明けた御在所岳にやってきたのだ。詳しい報告をここでするわけにはいかんので、かいつまんで。昨年9月、豪雨で裏道が土石で埋まったのは周知の事実。その後、三重県山岳連盟はじめ、諸団体のご苦労で、様相はすっかり様変わりしたとはいえ、鈴鹿スカイラインから日向小屋までの区間をのぞき、登山可能となっていた。土石流の被害にあった藤内小屋は、復活というにはまだ程遠い有様だが、押し寄せていた土砂や流木はすっかり片付けられ、新しい小屋が建つのだろうか、小屋の前の広場の片隅で基礎工事が行われているようだった。Img_9006sImg_8948s

 すっかり営業をあきらめていた小屋主の佐々木さんであったが、娘さん夫婦が再興に意欲を見せているという情報は得ていた。果たして、小屋の前に、両者からの登山者や関係者へ向けての手紙が張ってあった。(写真は被災直後の藤内小屋新館と、本日の新館の様子)。

 藤内小屋からは、その下流にある分岐で中道に向けて登る迂回路をたどった。ところが、尾根に出たところで中道に出たと勘違いし、中道方面と反対方向に下り始めてしまった。すぐに気づいたが、いい加減バテていたのでそのままスカイラインへと下った。

 ああ、道は間違えたんですが、この道の存在を知っていたことと、地形図で現在地が判断できたことからの行動です。無謀ではないので念のため。

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2009年7月 9日 (木)

続けて。大台ケ原、大台荘のこと

 なんか写真の保存がうまくいかん。粗粗。

 この7月は超多忙なことが確定しているが、そんな中、えらいニュースが飛び込んできた。

 何かといえば、百名山のひとつである大台ケ原の大台荘が、なんと、休業するのだという。しかも、今年度で。ドライブウェイが冬季閉鎖に入ったところで、はい、おしまい。大台山の家も同様らしい。Img_9816s_2

 又聞き情報なので、明日にでも確認しようと思っているが、これはなかなかビッグニュースだ。関西在住の登山者は日帰りメインだからよいが、他地方からの登山者は大幅にプランが変更となる。経営難だというのは容易に予想がつく。経営する吉野熊野観光株式会社の株主は奈良県、近鉄、上北山村である。大株主は奈良県。不採算ラインの切捨てであろう。

 関西では数少ない全国区の山だけに大きな変化といえる。しかも、国立公園の特別保護地域。原状復帰を義務付けられるのは間違いない。

Img_9846s  大台ケ原は、実は、西大台地区の利用調整に伴って、メインである東大台まで入山規制されているという誤解が広まり、登山客が激減している。見方を変えれば自然にとっては歓迎されることかもしれないが。

 また、報告したいと思う。

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