カテゴリー「思索の森」の記事

2012年9月21日 (金)

うしろすがたのしぐれていくか

 昨日はなにやら忙しかった。というより、連日もう、パニック状態で仕事に追われている。

 毎年恒例の『関西ハイキング』はじめ、各方面の書き仕事が集中して何がなにやらわからない。昨日は、京都府大の牛田先生とお会いし、いろいろと話を聞いた。腸内細菌学者の先生だが、京大山岳部出身であり、まあ、正真正銘の山ヤであって、楽しい話をお聞かせいただいた。今まで知らなかった方々とお会いできるのが、なんともこの仕事の面白いところである。

 いったん事務所に戻って、ぽろぽろと原稿を書いて、夜にはあまりにご無沙汰していたので、今回はどんなに忙しくてもという気で、日本山岳会関西支部の委員会に出向いた。

 そして今日は朝から病院である。待ち合いのお供にと、出掛けに本棚から『山頭火』の文庫本を取り出した。ポケットに入るからという理由で、なんとなく久しぶりに手に取ったのだった。

 しかし、種田山頭火の破滅的な人生を病院なぞでたどるものではない。その自由律俳句が、心にきつい。

 しかし、「咳をしてもひとり」の尾崎放哉といい、昭和初期の自由律の俳人の世界はただならぬものがある。荻原井泉水周辺とでもいうのか、この2人の壊れた漂泊の俳人を、行く先々の俳人や友人が面倒を見ている。現代より貧富の格差が激しかっただけに、面倒が見れるひとはそれだけの余裕があったのだろうか。現代日本では、ナンボ仲のいい友人でも、何日も逗留したり、宿の手配を求めたり、転がり込んでは酒を飲んで自分を失い、覚めては反省し、また酒に飲まれて、などという人間を面倒見る余裕などありはしない(もちろん自分で行乞もしている)。無心をされるたびに、金を送る奇矯な人間もいない。そういう意味では、一時的な「放浪」はあろうが、人生そのものが「漂泊している」ような人物が現れることはないのではないか。

 しかしまあ。。。面倒だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年1月14日 (木)

年をとったのか?ウン?

 あまりに多忙である。チョイ息抜きにブログに向かってみた。

 多忙というのか、今、一冊、昔、YKで作った『関西百名山』という単行本の登山地図帳を作っている。百名山というからには最低100のコースがある。現在は校正作業中だが、とてもじゃないが、もう。。。。

 なんか、今までの本の中で一番手がかかっているような気がするぜ。思うように進まんし、終わらん。なんだか頭も痛い。本当に痛いのだ。

 山を歩く体力はあるが、徹夜ができない。夏ごろまでは結構平気で、平均睡眠時間は4時間ほどでもなんともなかったのに。気がつきゃえらいこと寝てしまっている。

 こないだ1つ年をとった。まあ、なんとも思わない。別に長生きしようなんて気もさらさらなくて、生きてる間は思うように体が働いてくれなくては困るのである。

 ああ、1日が30時間あったら。

 しかし、ヒマならヒマで、もっと困るのである。。。。

 ああ、頭が痛い。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年11月19日 (木)

京都北山と『こころ』

 何の関連もないが、朝もハヨから京都北山、桟敷ヶ岳へ。京都北山は好きな山域のひとつだが、桟敷は初めてであった。

 京都北山というのはイメージ的に言えば、植林に覆われていそうなのだが、意外と上がってしまえば豊かな自然林が残っていて、奈良・三重あたりの延々と続く植林ほど、苦にならない。

Img_2399s  ベストコンディションではなかったが、意外や雲海がいい感じで出ていて、なかなかのものであった。

 今日の車中の共は、漱石の『こころ』である。中学生のころに教科書に出ていた。いや、高校だったか。通読はしていない。

 『氷点』は昨日、完読した。喫茶店で、ひとり涙をこぼした。まあ、内容を知らずに「感動作」とだけ知っていて読もうと思ったので、それもさもありなん、である。しかし、一般的な感動とはもしかしたら違うのかもしれない。

 前回、「縁」と書いたが、やはり、「縁」を感じた。同じ感覚を持つ人間がいた、ということで、大いに救われた。

 ざっくり言うと、女の子を殺した殺人犯の娘が、被害者宅に引き取られ、自殺するまで(未遂?)を、夫婦、兄弟、周辺の人々の愛憎や苦しみをつぶさに描写しながら、最終段階へ至る。娘は私の言葉でいうなれば「無垢なる魂」である。その「無垢なる魂」が、自分が何者であるかに気づいたとき、その罪を背負って、死を選ぶ。

 著者の三浦綾子さんはキリスト者であろうと思って読んだが、やはりそうであった。「原罪」というものの存在が色濃く感じられたからだ。20年ほど前、教会に通う先輩に連れられて、夜通し牧師さんと議論したことがあったので、なんとなくその思想に思い当たったのである。

 この作品は三浦さんの処女作であり、発表当時はベストセラーであったようだ。

 思うに。

 人間とは浅はかである。今、同様の「無垢なる魂」があったとすれば、その魂は、生きる場所がない。小説と同じように。ベストセラーということは多くの人が読んだはずである。私は、すべての人物に自分を当てはめながら読む。自分の汚らわしさを意識して。それを直視するのを恐れながら読む。たぶん、書いている三浦さんもそうだったのではないだろうか。自分の「負」の部分をえぐり出しながら書いたに違いない。「無垢なる魂」が救われることを信じて。

 人々にとっては単なるフィクションだったのだろうか?

 惜しむらくは、三浦さんが、最後に、娘(陽子)が実は殺人犯の子ではなかったことにしてしまったことだ。そのおかげで、人間のおろかさは浮き彫りにされたが、おろかな人間たちは救われてしまった。読者にとっての話である。甘さが出てしまったような気がする。三浦さんの優しさであろう。「殺人犯の子であろうとなかろうと」という言葉をしきりに出すものの、殺人犯の子ではなかったことで、登場人物たちが陽子を受け入れられる理由ができてしまう。しかし、僕としては、自分の子を殺した男の娘とわかりながら、彼らが陽子を、つまり「無垢なる魂」を追い詰め、死へと追いやったという事実をどう受け止めていくのかを見届けたかった(ちなみに陽子は、追い詰められたとは受け取っていない。自分に罪があったからこそそうなったのだと、自分で自分を追い詰める)。

 漱石の『こころ』は、「先生」がじぶんの若いころの罪を背負って自らの命を絶つ小説だ。これは、縁というよりは、同じ終着点を選んだ人間の違いを見比べてみたいと思ったからだ。『氷点』の陽子は自分自身では何の罪も犯していない。しかし、自分の存在に罪を感じて死を選んだ。その違いは大きいように思う。

 本当は『氷点』の続編があるようなので、購入しようと本屋に行ったがなかったので、代替品よろしく『こころ』を手に取った。

「無垢なる魂」を受け入れられる時代がいつか来るのだろうか?

 残念ながら、来ない。そう漠然と感じている。ナザレのイエスが生まれてこのかた、2000年以上経った今も、人間の命は欲望の上に成り立っている。肯定的に見れば、それが人間に生きる活力を与える。否定的に見れば、それゆえ、人間は苦しみ続ける。

 自分の存在とは何か。それを突き詰めようとすれば、もう人間たちのなかで生きていくことはできない。「無垢なる魂」が存在できる隙間が、人間社会にはない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月17日 (火)

本のこと。『月と6ペンス』と『氷点』

 読書をしている。先日の高野山登山のころは、サマセット・モームの『月と6ペンス』を読んでいた。結構分厚いがよみはじめると止まらずに、一気に読んでしまった。読み終えると、さっそく三浦綾子の『氷点』を読み始めた。

 いずれも名作だから、読んでいる人も多いだろう。最近の僕の読書傾向の、いわゆる名作を片っ端から読むというやつの一環だ。その前までは子母澤寛の新撰組三部作や司馬遼を読んでいたので、大きな転換だ。歴史物が余りに血なまぐさく、ほかの、前から気になっていたものを、合わせて購入したのだった。

 変なめぐり合わせである。これと決めていったわけではなかった。本屋の棚を眺めていて、手に取っただけのことである。しかし、この2冊、『氷点』は上下巻の下巻3分の1ほどを読んだところだが、衝撃があった。特に『月と6ペンス』。

 外国作品は、自分が文章を書くようになってあまり読まなくなっていた。夢中で読んだのは学生のころまでだ。なぜかというと、やはり、文章が訳者によって大きく左右されるところが気になるからだ。本来原書で読まねば、内容はわかってもその作者の文章表現はわからない。しかしこちとらそんな語学力もない。

 しかし、手に取ったのはなぜだろう。縁としか言いようがない。

 日本文学においては感動するというのはとてもよくある。しかし、衝撃を受けるものは少ないように思う。『月と6ペンス』は、ご承知のように不世出の画家、ポール・ゴーギャンをモデルにした小説だ。実は、ゴーギャンが活躍した当時の画家が僕は結構好きで、ゴッホなどはかなり好きな部類だが、20年以上前、京都で見たゴーギャンの一枚の絵がすごく気になって、ポスターまで買って帰った記憶がある。情熱をむき出しにしたようなゴッホの絵と対照的に、どこか冷めたような、それでいて色彩豊かに…、なんと言えばいいのか、冷徹な情熱というようなものが感じられたのかもしれない。

 まあ、それはさておき。人間の生き様というのはいろいろあるが、『月と6ペンス』は、悪性のようなものを昇華させて、物事を突き詰めていく人間の尊さ、いや、ちょっと語弊がある、善も悪もない純粋さとでも言えばいいのか、そんなものを描いている。

 ずいぶん昔に衝撃を受けた小説にゴールディングの『蝿の王』というのがある。ジュール・ベルヌの『十五少年漂流記』(原題は『二年間の休暇』)のように、少年たちがとある島に漂流する話だが、そこに描かれるのは、人間が本来持つ残虐性などであった。『月と6ペンス』は、それに匹敵する衝撃を僕に与えた。冷徹に人間を見つめ、それを表現する手段を、外国人、特にヨーロッパ人は持っているのかもしれない。文化の違いか、宗教観か。

 一方の『氷点』。まだ完読していないが、この作品も、人間の持つあいまいさ、ゆがみ、苦しみをよく描いている。しかし、『月と6ペンス』に見られるような冷徹さは感じられない。『月と…』は、「僕」という主人公の客観的な人間観察によって描かれ、『氷点』は、登場人物それぞれの感情をつぶさに描いているという表現方法の違いもあるかもしれない。しかし、徹底的に違うのは、登場人物の感情を動かすのに、『氷点』は、登場人物の周囲にさまざまなドラマチックな出来事が起こしている。一方の『月と…』はゴーギャンモデルの主人公ストリックランドのスタンスはまったく変わらない。彼の感情は周囲の出来事に動かされずに、彼のスタンスが変わらないからこそ、いろいろなことが起こる。

 タイミングというのはあるものだ。良本は自分の人生のタイミングとぴたりと寄り添うように現れる。自分も含め、人間について深く考えようと思う矢先に、忽然と姿を見せた。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月13日 (火)

山に何があるのか

 先週、上京ついでに中部山岳のどこかへ出かけるつもりであったが、間の悪いことに台風がやってきて計画をものの見事に吹き飛ばしてくれた。まあ、おかげでひと仕事できたのであるが。

 そういうことで、今月は絶対に「自分のための山登り」に出かけると固く決意したにもかかわらず、月半ばに差し掛かってきた。今週から数日おきに山行きがある。プライベートな山登りもあるのだが、実際は半ば仕事感覚が捨てきれぬ、またはものの見事に仕事的な山登りもある。人生は思うように行かぬものだと、半ばあきらめ、半ば悟ったような今日この頃だ。

 今月末には、もう、槍が降ろうが矢が降ろうが出掛けてやるのだ。そこで確かめてみたい。山に何があるのかを。

 推奨するわけではないが、やはりそれは単独行でなければならぬ。自分ひとりになって、何もかも、肩書きも名前も、自分自身を飾るものすべてを脱ぎ去って山と対峙して、はじめて体感できるものであるはずだから。

 無垢なる魂となって対峙したいのである。いや、反対か。無垢なる魂事に期待しているのか?

 私は登山家でもなければ冒険家でもない。だから、パイオニアワークにはトンと縁がないし、柄でもない。しかし、伝えたいことは山ほど持っている。山に何かがあるから、山のことを伝えようと、日々を過ごしている。でも、それが何かと問われると、具体的に示す何者をも持ち合わせてはいない。

 昔、芝居をやっていたころ、つかこうへいに一時はまった。熱海殺人事件という名作があるが、そのなかに、「故郷には、美しい山があり、美しい川があり、美しい人の心がある」という名台詞がある。たぶん伝えたいのは、こんなようなものだのだ。

 伝えることができれば、人も自然も、愛することができるようになる気がする。故郷を愛するようになり、日本を愛するようになる。政府ではない、わが故国としての日本である。故国を愛することができるようになれば、自ずと他国の人の故国も大切に思えるようになるだろう。果ては世界平和か・・・。

 大仰に言えば、そういうことになる。

 美しいものの前で、美しい心を持ちたい。

 なぜ、花壇の花には美しさを感じず、山野で出会う花には心が動かされるのか。そこには、人の意図などは介在せず、ありのままに生きている生命に出会うからなのだろう。私はそこに美しさを見出すものなのだ。

  

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年9月28日 (月)

10月こそは

 あっという間の9月であった。

 本日、滋賀在住の檀上さんから声がかかり、梅田のヨドバシカメラ前でテラスに座り、来年刊行の単行本の打ち合わせをした。前後に本屋に寄った。

 『関西ハイキング2010』、事務所近所の本屋でも、梅田の紀伊国屋でもあっちこっちに場所をとってもらっていた。うれしい限りだ。近所の本屋では、名刺を差し出し、お礼を言って、よろしくと挨拶までしてきた。

 しかし、あまりにも9月があっという間であった。10月こそ、こんどこそ、僕は僕のための山登りに出かけようと決意している。しかし、アルプスは積雪の恐れもあるので、うーん、行けるかなあ。

 ところで、時間に余裕ができたので、本を濫読している。こないだはいまさら菊池寛、今日は今日で『福翁自伝』などを購入し紐解いている。単に雑誌を読むにしても、自分の知識のなさ、見識のなさををいまさらながら痛感するのだ。40を超えたというのに、触れたことのない一般常識があまりに多すぎて、もうどうしようもない。おっつかない。本を読んでいるといっても、しっかりと時間をとっているわけではないので、なかなか進まない。

「知」が欠けていることを痛感する。たとえば幕末などの連中は若くして四書五経などを通読している。いずれは読み解いてもよいかと思うが、到底そんなところにはたどり着かない。

 もう人生も折り返し点だ。時間がない。長生きする気などは毛頭ないが、無知なままで死ぬのも寂しい。

 しかし、福沢諭吉などいまさらなのだが、聞き取りがベースとなった自伝なので、まあ、読みやすい。彼などはやはり知の巨人なのだろうが、とりあえず読み始めただけで、この人物の面白さが見えてくる。とかく痛快な人だ。

 10月、この10月は僕にとってどんな月になるのだろうか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年8月10日 (月)

また、あの季節。

 またあの季節がやってきた。山の話ではないので、読まんでもいいです。

 どーにも。戦争である。戦争とは何か。問い続けてもう長くなる。

 太平洋戦争とはなんだったのか、日本人が一番最近に経験した戦争のことを、読んでは考え、考えては読み、やはり、混乱する。テレビをつけると戦争ドキュメントと能天気なバラエティが同居する。あと15年、20年すれば、経験した人は皆無になるだろう。危機感というのか、焦りがある。僕も含め、どれだけの日本人が戦争にリアリティを持ち、日本の、あるいは世界の未来を描けるのか。

 仮に僕が80歳まで生きるとする。このまま行けば、たぶんどこかで戦争を経験することになるような予感がしてならない。地獄を見ていない人間に、地獄は想像できない。だから、少しでも想像できるように、読む。

 レマルク、ヘミングウェイは高校生のときの話。大岡昇平の「野火」などは中学生か高校生かは忘れた。当時の教科書に「俘虜記」が載っていたことによる。ノンフィクションしかり。近年では、城山三郎のいくばくかの作品、吉田満「戦艦大和ノ最期」も一昨年にようやく読んだ。この日本を壊滅寸前まで追いやらなければならなかった戦争とはなんだったのか。

 前にも書いたが、きっかけはベトナム戦争であった。僕は当時は芝居をやっており、ベトナム戦争を追体験しなければならなかった。アメリカ側ではない。有名なソンミの虐殺のように、理由もなく死に直面しなければならない一般市民の側だった。そんな時、封切された「プラトーン」は衝撃的だった。「ディアハンター」で受けた衝撃とはまた別物で、アメリカという国の懐の深さを感じた。「プライベート・ライアン」も凄みがあった。近年では、「硫黄島からの手紙」なども見逃せない。しかし、それらの秀作を発信し続けるアメリカは、同時に戦争を終えることなく継続している軍事国家である。

 話がそれた。太平洋戦争に戻す。

 当時の日本にも穏健派はいた。いろいろな書物を紐解くと、いかに多くの人が暴走し始めた国を憂いていたか。

 歴史は結果論でしか物語れないが、いくら美談であったとしても、それらの人々がいながら、国家という巨大な生き物をとめることはできなかった。最終的には、裕仁天皇のご聖断によってようやく終戦を迎えた、というのが多くの歴史家の一致するところだ。しかし、その天皇でさえもぎりぎりの、日本という国家が首一枚つながっているだけのところでようやく決断することができた。いや、行動に移すことができたと言い換えてもいいのかもしれない。

 いろいろな書物に登場するいろいろな人物に自分を投影してみる。玉砕を命じられた一兵卒か、炸裂する原爆の下にいた広島市民か、空襲で燃え盛る街を逃げ惑う市民か、「火垂るの墓」の兄貴か、出撃する特攻隊員か、広田弘毅か、「硫黄島からの手紙」で、自分の胸に泣きながら手榴弾をあてて飛び散る肉片となる兵士か。

 不思議と好戦派にならないのは、なぜか。戦後教育の成果か。

 しかしである。先週、元上司のところに用事で行った折に、本棚にあった「反骨の海軍大将 井上成美」を借りて読んだ。「石原莞爾ってのは面白いですか?」と問うたら、「この井上成美は面白いよ」というので借りたのだ。

 山本五十六、米内光政と共に海軍三羽ガラスと呼ばれた人物で、この人物がいなかったら終戦はなかったということだった。で、読んだが、終戦前の、実質的には閑職の海軍大将に任じられてからの話なので、井上は部下にいろいろ命じはするが、結果的には何もしていないように感じられた。すべての動きが彼なしでも終戦に向かっており、天皇の御意で決定的になったように思った。読みながら、いろいろな立場に自分を投影してみた。俺ならどう行動できたのだろうか。

 その中に、終戦前夜、クーデターを企て、天皇の玉音放送の録音盤を奪おうとした陸軍の畑中少佐がいた。この人物に自分を投影したときに、少なからず恐れを抱いた。

 俺が彼の立場なら。その心情を理解できる自分に恐れを抱いたのだった。俺が好戦派の真っ只中に、皇国史観の真っ只中にいて、そこに自分の信念や心情を持っていたなら、この人物になってしまう可能性がある。

 二・ニ六事件の青年将校にはまったく同情し得ない。暴挙だといえる。

 しかし、この男の突っ走り方、筋の通し方には、自分がその価値観を持ちえたならという条件付ではあるが、ありえる生き方であり、死に様であった。基本的には小説であるから、その描き方が爽やかだったせいもあるだろう。

 恐れをなしたところに、自分に対してまだ安心してもよいのだな、と思う。

 しかし、一方で好戦派と刺し違えることもあるかも知れぬ。

 如何に生きるか、そして如何に死ぬるか。これは俺にとってはどうやら相当重要なテーマなようだ。俺はすでに舞台上で10回以上は死んでいる。役者としては自分を役に近づけるのではなく、役を自分に近づけるタイプであり、頭の片隅で自分を客観視していながらも、その瞬間瞬間は本気である。

 元上司がこの本を俺に貸したのは、その危うさを気づかせるためだったのではなかったか?

 先日、御在所岳に行ったとき、列車の中で相棒のタケちゃんが、「加藤君は日本人やね」といった。世界を行脚して、いろんな民族を見てきた彼の意見である。

 なぜ、日本は戦争に突入し、「一億玉砕」というフレーズを生み出すまでに、滅亡の一歩手前まで踏み込まねばならなかったのか。

 世界情勢をかんがみ、現実的に、合理的に考えていくと、結局日本は軍隊を持たざるを得なくなる。

 何人の兵士が死のうとも、その戦に勝利した将だけが軍神としてたたえられる。井上成美はそれに我慢がならない人物だったようだ。言い換えれば、戦に勝てば、死んでいった個々の兵士自身は、その肉親は、恋人は、友人は、その死に納得ができるのか。

 われわれは真剣に考えなければならない。語り部がいなくなったとしても、考え続けなければならない。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月27日 (月)

机上登山者の憂鬱

 仕事柄、常日頃、山のことを考えている。登山家ではないが、なんだか身に染み付いてしまい、時間があるときに読む本も、近頃は山岳関連の本に偏っている。

 いかんなとは思うが、このところ、何軒かの仕事が重なってきているので、ありがたいことだが、山に行けんのである。そこで、机上登山者となる。

 学生のころにはまった本多勝一氏の『山を考える』を読んだ。何度目かは、もうわからない。若いころは、山の記者としてではなくジャーナリストの本多勝一にはまった。きっかけは、ベトナム戦争のことをいろいろと調べていて、『戦場の村』にであったことである。『殺す側の論理』『殺される側の論理』『ジャーナリズムとは何か』などの著作を読みふけり、かなり影響を受けた。考え方としては極端に振れる部分があるが、幾分引いて読めるようになったのは、社会人になってからである。ましてや山関連の著作を読むようになったのは、山に関する仕事をするようになってからであった。

 人はどういうかは知らないが、僕はジャーナリズムのなかにいる。しかし、感情に流されやすく、いろんな立場に気を使ってしまうほうで、本多氏のように厳しい態度に出ることはあまりない。

 であるが、今回の再読で、かなりの部分で、最近頻発する山岳遭難に対し、警告となる部分があった。もう、何十年も前の遭難も現在の遭難も、たとえば、肌着に何を着ていたかが明暗を分けたというようなことがすでに書かれている。

 一昨日か、「富士山に行くんですが」と4人組の女の子が僕に問うてきた。「富士宮口にはどうやっていけばいいんですか」という。どうやら行くことは決まっているらしい。しかし、何一つ調べていない、というのか、自分たちで調べようともしない。行き当たりばったりとでも言うのか、登山以前の問題だ。

 出版に携わっていることもあるが、「とにかく本屋さんに行ったら、富士山関連の本がいっぱい出ているから、1冊でもいいから読んで」というのが精一杯であった。もとより、登山靴を用意する気もなければ、それなりの装備を考えるつもりもない。同じ他力本願でも、まだ、ツアーのほうが「持ち物」と書いてくれているだけましだ。

 インターネットのみで情報を拾う人も多い。これはしっかりしたガイド的なものもあれば、単に体験記的なものもあるので、その取捨選択ができる能力が必要だろう。基本的には無記名なので、だれも責任を持たないし、体験記は悪条件の時に登ったものでなければ役に立たないだろう。

 時代といってしまえばそれまでだが、インターネットのおかげで、情報が簡単に手に入ると思っている。そこに書かれている内容がいかに真剣で重要なものであっても、読む側が簡便性を求めていて、サラッとしか読まぬのであれば、頭には残らぬような気がするのは気のせいか?

 心理学者でも何でもいいが、書籍、テレビ、インターネットなど、メディアによって記憶の残り方の違いや認識のしやすさなどをはっきりと調べてはくれまいか。

 そのうち、生活スタイルの違いでは済まぬことになりそうな気がする。

 先日、手塚治虫の中学時代に作った昆虫の同人誌を読んだが、そのレベルの高さに舌を巻いた。このままでは、日本人の知的能力がどんどんと低下していくのではないか。

 僕も含めて。

 ああ、また話がそれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月16日 (木)

閑話休題

 山の話を書きたいのだが、なんかばたばたとしておって書けん。というか、書く事がない。

 しかし、いろんなことがぽろぽろと進んでいる。というか、進めねばならない。

 雑誌を動かすのは面白い。いろいろな人とからむ事ができて、いろいろな出会いがある。で、楽しんでいる。

 しかし、暑い。

 そうですな、今日は地球温暖化についてお話をつらつらと。

 温暖化。風が吹けば桶屋が儲かる式で、山で言えば、雪が減って、鹿が増えて、おかげでヒルが増えた。町で言えば、昔は珍しかったクマゼミがいまや公園を席巻している。クマゼミは南方系のセミなのだ。こないだは、四国は前神寺のご住職から、夏が昔と比べて暑くなりすぎて、炎天下の行事がいつまで続けられるか不安だとおっしゃった。

 で、事務所であるが、今年になってまだクーラーをつけていない。暑いとは思うが、窓を開けっ放しで、まあ、過ごせる。子供のころ、扇風機しかなかったころを考えると、実は別にどってことないのだ。

 先日、JRの天王寺駅の構内に入ったところで、急に空気がヒヤッとしていて驚いた。駅なんてモノはそもそも開けっ放しなのだから、お客に清涼感を味わってもらうための空調が必要なのかと、ホームで列車を待ちながらつらつら考えた。客が我慢できんのか、それとも過剰サービスか。近頃は学校にもエアコンが導入されていることも多い。暑さ寒さに抵抗力のない子供を量産してどうすんのかねえ。コリャますます、そこいらじゅうエアコンだらけにせねばなるまい。

 エコだ何だと騒いじゃいるが、ちょいと我慢すれば二酸化炭素排出量なんぞは相当減るだろうに。要るもんは要る。それは仕方ない。しかし、低電力のエアコン入れるくらいなら、エアコンなぞつけなければよい。夜の街の明るさもしかり。

 しかし、電機メーカーは新製品を売らにゃならんから、資本経済は難しい。真っ向から否定するわけにはいかんのがまどろっこしい。過剰サービスも経済をまわすために生まれてくるもんだから。

 今、窓からとっても心地よい風が入ってきている。変な言い方になるが、エアコンよりとってもやさしい。いや、陳腐な言い方やね。違うのよ、なんか、大げさな言い方すると、地球のやさしさを感じる。

 もともとはないのがホンマ。

 てなことを考えながら、都会の夏の夜は更けていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)