カテゴリー「僕の映画遍歴」の記事

2010年6月19日 (土)

僕の映画遍歴「ひまわり」

 久しぶりに映画のことでも。

 書きたくなったわけではなく、今日、ふと、思い立って、キロロの「生きてこそ」を聴きたくなってYou Tubeで聴いたのだ。

 で、聴いていて、対照的な内容の小山卓治の「Fool On The Build'」を連想してしまった。で、あんまり暗いので、彼の明るい歌と言えば、僕は「ひまわり」が好きだったことを思い出した。

 まあ、小山卓治といってどれだけの人が知っているのかは知らないし、僕も学生時代に一本だけ、先輩からもらったテープをもっていただけだ。興味があったら聞いてみてください。現在でもがんばっておられます。

 で、ひまわりの姿を思い出すと、ウクライナの肥沃な土地一面に広がり、風に揺れているひまわり畑の映像が思い浮かんできたのである。

そう、、イタリアの巨匠、ヴィットリオ・デ・シーカの名作「ひまわり」のオープニングである。主演はマルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレン。ヘンリー・マンシーニ作曲のテーマ曲を聴いたことのない人はいないだろう。

 ほんで、内容はというと、主演の二人の恋人が結婚するんですが、その直後に戦争が始まり、徴兵されたマストロヤンニは戦地で行方不明になってしまうんですな。で、ソフィア・ローレンがロシアまで探しに行く。で、ようやっと見つけると、マストロヤンニはかの地で、命を救ってくれた女性とささやかな家庭を持っていたりする。再会はするんですが、ソフィア・ローレンは涙ながらに汽車に飛び乗りイタリアに帰っていくわけです。

 ああ、運命と言うものは何と非情なものか、と思っていると、なぜだか今度はマストロヤンニがソフィア・ローレンに会いにイタリアに戻ってくる。そんで、彼女の自宅で会話を交わしているところで、奥の部屋から赤ん坊の泣き声がするんですな。このあたりの演出は、淀川長冶師が例の名調子でエッセイに書いておられたのが記憶に鮮明に残っている。

 この映画を映画館で見たのも高校生の頃。男の女の機微などもまったくわからんガキンチョだったから、以前書いた「風と共に去りぬ」スカーレットとメラニーの対比同様、激しい熱情の女、ソフィア・ローレンよりも、ロシアでマストロヤンニが結婚した女性に惹かれたりしたものだ。だから、なんでまた、マストロヤンニがソフィア・ローレンの元に戻ろうとしたのか、ちと、わからんかった。

 この女優さん、ロシアの女優でリュドミラ・サヴェリーエワとかいうらしい。ということを、今調べた。

 という、たわいもない連想ゲームのようなお話でした。

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2010年4月19日 (月)

僕の映画遍歴『リバー・ランズ・スルー・イット』

 僕の観た最近の映画に、『リバー・ランズ・スルー・イット』がある。実は最近でもないのだが、僕のカテゴリーの中では、僕が物心ついてからの映画は「最近」の映画なのだ。

 この映画、ロバート・レッドフォードの監督した映画で、ブラッド・ピットの出世作である。僕の好きな映画の1、2位を争う。争っているのは、ジョージ・ロイ・ヒル監督の『明日に向かって撃て』で、実は僕は、なぜかロバート・レッドフォードが好きなのだ。『明日に』は、また、『スティング』とまとめて書いてみたいと思う。

 ロバート・レッドフォードは俳優として好きであった。上記のほかに、ダスティン・ホフマンと競演したウォーターゲート事件を描いた『大統領の陰謀』、前に書いた『追憶』、フィツジェラルド原作の『華麗なるギャッツビー』『夕陽に向かって走れ』『コンドル』、最近では『ナチュラル』『愛と追憶の果て』『夜霧のマンハッタン』を劇場で、『スパイ・ゲーム』をDVDで見ている。

 監督作品も多数あるが、好きと言いながらアカデミー監督賞を受賞した『普通の人々』と『リバー』しか見ていないのは、ダメダメだ。

 この映画、何が良かったかと言えば、一言で言えば「人間の美しさ」を僕に教えてくれた映画でもある。モンタナの大自然を流れる川で、ブラッドビット扮する男がフライフィッシングの竿を振る、魚がかかり、川の流れに身を抗いつつゆだねつつ、魚を取り込む。

 新聞記者ではあるが、酒に、ギャンブルにおぼれるどうしようもない男が、川の中で自然と対峙した瞬間、光り輝く。その光景に、涙が流れた。ストーリーや登場人物の心の動きではない、だた、光景に涙した映画はあまり記憶にない。

 レッドフォードは俳優として好きだったのであるが、どうやら、思想的にも好きであるらしいことが、最近おぼろげにわかってきた。この人は、自然や地球を真摯な態度で見つめているように思う。見逃している主演作『大いなる勇者』をぜひとも見たい。

 これは、兵庫県西脇市にある、とある釣具会社に勤務しているときに同僚とともに、神戸三宮で映画をハシゴして観たのである。で、『リバー』を見たあとに『ジュラシック・パーク』を観た。なんと内容のないスカスカな映画だと思ってしまった。

 『ジュラシック』好きの人、ごめんなさい。

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2010年4月16日 (金)

僕の映画遍歴 戦争映画のこと

 戦争映画は、劇場で見たことがないので、ちょっと筋違いだが、まあ、書いてみようと思います。というのも、前に書いた「総員、玉砕せよ!」のドラマの感想にデザイナーの曽我部さんが返事をくれたので。自費出版の人間魚雷回天の本を編集、デザインされたとのことだ。(http://blog.goo.ne.jp/eazy2004/e/42a4ced2a83dfc1a5a482b8f3604f70e

 戦争映画といってもいくつかある。戦争を賛美したもの、美化したもの、例えば「史上最大の作戦」などは、まあその類だろう。かのジョン・ウェインはタカ派で知られた俳優であるし。

 その他では、以前に書いたことがあるが、レマルクの『西部戦線異状なし』の映画化されたもの、ヘミングウェイの『誰がために鐘はなる』(主演=ゲーリー・クーパー、イングリッドバーグマン)などが、古い映画ながら戦争というものを描いた中では僕にとって秀作と言える。特に『西部』は、主人公をヒーローとして描かずに、一兵士として追いかけ、最後には塹壕に舞い込んだ一頭の蝶に手を差し伸べた主人公が、一発の弾丸で頭部を打ち抜かれて終わる。

 戦争はそんなものだ。例えば、クリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』では、玉砕の中で主人公が生き残るが、実のところ、生き残るというのは、ほぼ偶然であって、大多数は、敵の弾丸に倒れ、また、手榴弾で自決する。われわれは主人公に感情移入し、実際に戦場に出ても、あんなふうに生き残れると思ってはいけない。画面の端の方で、あっさりと死んでしまう一兵士に思いを馳せなければならないのだ。自分の姿を見なければならないのだ。

 一発の弾丸の恐怖を知るのであれば、マイケル・チミノ監督の『ディア・ハンター』である。ベトナム戦争でのアメリカを描いたものであれば、フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』があるが、アメリカ兵の残虐な行為をソンミ事件等で脳裏に焼き付けていた僕には、オリバー・ストーンの『プラトーン』が衝撃であった。あの映画を作らせるアメリカという国の懐の深さにも驚いた。スタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』は評判が高いが残念ながら見る機会を得ていない。

 その他、スティーブン・スピルバーグの仕事にも目を向けておきたい。『シンドラーのリスト』と『プライベート・ライアン』だ。シンドラーはヒューマニズムが前面に出ていたが、ライアンはまさに戦場、冒頭の上陸作戦のシーンの激しさはほかに類を見ない。

 本当は日本映画もあげたいのだが、あまり見てないことと、その湿っぽさに運命の悲哀さのほうが前面に出てしまい、戦争の残虐さから目がそれてしまう傾向にあるように感じる。日本の場合は、戦争とは何かが、まだ、日本人の中に明確に把握できていないのではないかと思う。

 例えば靖国問題。僕の中でも揺れ動く。あれは正義の戦争だったと言う議論は論外として、死んでいった人たちの魂を、どう受け止めればいいのか。靖国を否定するのは簡単だが、「靖国で会おう」を合言葉にして死んでいかなければならなかった、その魂の行き先を簡単に否定はできないのだ。たったひとつだけの命。それを投げ出す際、どこかに筋道を立てなければならなかった人々。決定してしまった死への恐怖。

 アメリカ兵が体験し得なかった心の方向性が日本兵にはあったのではないだろうか。だから、アメリカはいつまでも戦争をするし、逆にアメリカ映画は、はっきりと反戦を謳えるのではないだろうか。なんか、はっきりとしない言い回しなのだが、そんな気がしている。

 とはいえ、日本人の中にも、簡単に「いてまえ!」という人がいることも確かだ。自分や自分の家族が戦火にさらされると言うことを想像もせずに。

 まあ、なんにせよ、ヒロイズムで戦争を描くのはもうやめにしたほうが良くはないか。それはアニメにもいえる。主人公は絶対に死ぬことがない。ヤマトにしたって、敵の戦艦が主砲一発で沈んでいるのに、ヤマトが沈むことはない。まあ、沈んでしまうと話が続かないのだが。続編がいくつも作られたガンダムしかり。

 勘違いしてはいけないのだと思う。たった一発の銃弾で、人は死ぬのだ。その人の世界は終わるのだ。そして、僕たちは戦場に行けば、決して主人公などではなく、あっけなく死んでいくその他大勢なのだ。そのことを肝に銘じなければならないのだよ、日本の子どもたち。

 ああ、忘れてた。『ジョニーは戦場へ行った』。これも忘れてはならない戦争映画のひとつである。

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2010年4月 8日 (木)

僕の映画遍歴『風と共に去りぬ』

 いわゆる名作であり、大作である。

 これを見たのは、やはり高校生の頃、大阪・中の島にあるフェスティバルホールの地下のSABホール(近年はリサイタルホールと言っていた)で観た。

 当然長い映画で、スカーレット・オハラがなにやら挫折したあとで「タラへ帰りましょう」などと荒野か畑かで思いついたところでタラのテーマが流れ、途中休憩となった記憶がある。そんな映画は初めてであった。

 まあ、名作といえば名作なのだろうが、僕としては「ふーん」という感じであった。スカーレット・オハラの半生記で、苦労したのはわかるが、大体にしてこの女、わがまますぎる。最後にクラーク・ゲーブル扮するレット・バトラーに去っていかれるが、そらそうやろ、ということで、ちゃんちゃん、で終わりである。扮するビビアン・リーもどうもきつそうな感じがして、ちょい引いてしまう。ついでながら、ソフィア・ローレンも僕としては同タイプな感じがして、あまり好きではない。僕的には、イングリッド・バーグマンが好きだった。フランソワ・トリュフォーの「アメリカの夜」に出ていたジャクリーン・ビセットもお気に入りであった。肉感的で野性味のある人より、ちょっと知的な感じのする人のほうが好みだったのだろう。

 そんなわけで、スカーレット・オハラよりも、彼女が恋したアシュレイの伴侶となるメラニーのほうが感情移入できるし、女優としては、アカデミー助演女優賞を獲得した黒人のおばさんの八ティ・マクダニエルが魅力的だった。

 南部を描いた映画としては、「ジャイアンツ」を思い出す。ジェームズ・ディーンの遺作となった映画だ。主演は、ロック・ハドソン。昔の俳優をあまり知らない人でも、エイズ流行の初期に感染して亡くなった俳優として名前を聞いたことのある人はいるだろう。相手役はエリザベス・テーラーであった。ジェームズ・ディーンの三部作として、フェアがあり、梅田の映画館で見たので、いずれ、語りたいと思う。

 ほんで、「風と共に去りぬ」。「GONE with THE WIND」。何がすごいかというと、僕の感想としては、これが戦前の映画だということに尽きる。公開は1939年。こういう、今見ても古さを感じさせない映画をすでに作っていたアメリカと日本は戦争をしたのである。その技術力、当時の日本でこんな映画が作れただろうか。

 と、映画を代表する映画なのに、この程度の感想しか持てませんでした。しかし、映画史に残る映画であることは間違いないと、思うのでした。

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2010年3月18日 (木)

僕の映画遍歴「ベニスに死す」

 「ベニスに死す」はトーマス・マン原作の小説をイタリアの巨匠ルキノ・ヴィスコンティが映像化したものだ。とある老小説家(ダーク・ボガード)が、ヴェニスに行った折に、これまたとある美少年(ビョルン・なんちゃら)と出会う。その「美」に魅せられた小説家は、まあ、今時でいうちょっとストーカーまがいに美少年のあとを追いかける。で、最後にはヴェニスで死んでしまうと言うお話。

 見たのは高校生のときだが、どこで見たのかは忘れてしまった。映画館であったことだけは確かだ。高校生のことだから、なんとも退屈であったが、その映像の美しさはなぜか強烈に記憶に残っている。それだけの意味で、結構僕の好きな映画のベストテンに食い込んでくるかもしれない。

 ヴィスコンティには「地獄に落ちた勇者ども」や「夏の嵐」など、数多くの名作があるが、見る機会を得たのはこの映画だけだった。

 いろいろな解釈が成り立つ映画である。病気にかかった小説家は自らの顔に化粧を施し、少年の気を引こうとしたり、なりふり構わぬさまが非常に哀れを誘う。ヴィスコンティの真意のほどは僕は知らんが、同性愛の映画ととってしまってはみもふたもない。

 好意的に解釈するならば、それは「美」に対する憧れではなかったか。老いてみすぼらしく醜くなっていく自分と、若く美しい少年との対比の中での倒錯。今考えると、そんなことではなかったのではないだろうか、と、ふと思う。最後に作家は海岸で椅子に座ったまま染んでいくが、その映像がまた美しかった。

 まあ、僕も老けた。さらに老け続けた頃に、ビデオでも構わんからもう一度見ようと思う。

 高校生とは、あまりにかけ離れていた。見る時期を間違えたのかもしれない。

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2010年3月 8日 (月)

僕の映画遍歴「ライムライト」

 偉大なる映画作家といえば、この人の名を外すわけには行かないだろう。

 チャールズ・チャップリン。一般には「喜劇王」などという冠をつけるが、とんでもない。無声映画時代、短編以外にも「キッド」「黄金狂時代」「街の灯」などは特に名作として知られている。

 無声映画とトーキーの過渡期、ここからチャップリンの「戦い」ともいえる作品づくりが始まる。

「モダンタイムス」。すでに映画界はトーキーの時代に入っていたが、劇中そのほとんどを無声映画としてつくり、ラスト近くでティティナと呼ばれる歌をチャップリンが歌う。どこにもない言葉で。僕は映画の見方を淀川長治さんの著書で学んだが、淀川さんによれば、これは「映画とは言葉を超えてどこの国の人も楽しめなければいけないのだ」というメッセージなのだそうだ。

 そして、ヒットラーを揶揄した「独裁者」。1940年、ヒットラー絶頂期の頃に作られている。続いて日常の殺人は許されないのに、なぜ戦争での殺人は許されるのかと、多少ヒステリック気味に訴えた「殺人狂時代」。

 チャップリンのこの姿勢はやがて、戦後にアメリカを席巻したマッカーシー旋風で、レッドパージを受け、彼はアメリカを追われる。

 その後、イギリスで作られたのが、「ライムライト」である。老いた道化師と踊り子の話。

 高校生の頃か、浪人の頃か忘れてしまったが、東映かなんかで「さよならチャップリン」という映画フェアがあった。これらの映画は、梅田のどっかの映画館で見た。チャップリン信奉者の淀川さんの著書で育った僕は、これ幸いと通い詰めたのだ。

 足を悪くし、絶望の淵にある踊り子に、チャップリンがジェスチャー入りで言う。「花を見てごらん。花は、何か意味を求めているか? 花はハナッて感じで咲いているだけなんだよ」と。まあ、そんなふうな台詞だったような覚えがある。

 ラスト、踊り子の前座として、パントマイムを見せた道化師は、舞台で倒れ、命を落とす。それと知らずに踊り子は踊る。なんせ20年以上前の記憶なので間違っていたら申し訳ないが、なにせ僕は泣いた。

 その後、テレビで「ライムライト」を見る機会があったが、少々たるくて涙を流すところまでは行かなかった。やはり、映画は映画館で見なければなるまい。スケールはもちろんだが、集中力が違う。映画と相対するには映画館で見なければならぬと実感させられた映画である。

 ちなみに最後「ニューヨークの王様」は見ていない。

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2010年2月18日 (木)

僕の映画遍歴① 追憶

 エッセイづいているので、テーマを設けようと想います。僕が映画館に足繁く通ったのは大学に入る前なので、20~25年以上前の話が中心ですが、それぞれの映画にいろいろな思いがあるので、まあ、参考になるかどうかはわかりませんが、お暇なら読んでください。

 正確な映画の情報は、調べればすぐにわかってしまうので、まずは間違いがあろうとできるだけ記憶を頼りに書いてみて、その後、調べなおして間違っているところは文末に訂正を入れます。

「追憶」

 高校1年生のときのことである。友人に薦められて、はじめて大毎地下劇場に足を運んだ。いわゆる名画座で、たいてい2本立てで上映されていた。多分新聞か何かで情報を得たのか、お目当ては「ローマの休日」であった。オードリー・ヘップバーンの初体験で、そのキュートさに魅了されたが、名匠ウイリアム・ワイラー監督の演出にも目を見張った覚えがある。

 で、同時上映されていたのが「追憶」である。まだ少年だった僕は、そのとき、間違いなく面白かったのは「ローマの休日」の方であった。同じ恋愛を描いて映画でも、「ローマの休日」は王女と新聞記者の淡い恋心(恋したといえるかどうか)をコメディタッチに描いたおとぎ話であるのに対し、愛し合っていても一緒に歩むことができない男と女を描いた「追憶」は、まだ15、6の少年にはよくわからなかったのだろう。

 「追憶」は、社会派で知られるシドニー・ポラック監督の作品である。主演は鼻のオバちゃん、バーブラ・ストライサンド、相手役は二枚目ロバート・レッドフォードである。作品は見たことはなくても、主題曲の「the Way we were」を耳にしたことはきっとあるはずだ。僕と同年輩の人なら、ネスカフェのCMの曲といえばわかるのではないだろうか。

 多分一度っきり、大毎地下では結構定番だったので、もう一度くらいは見ているかもしれないが、大人になってからは見ていない。

 決して美人とはいえないバーブラおばさんと美男子のレッドフォードの組み合わせはリアリティがあった。学生時代に惹かれあい、同居を経て、生き方の違いに気づいて別れていく男と女の映画である。詳しいことは忘れたが、ラスト近く、ヨットの上で、レッドフォードと友人(多分ジェームス・ウッズ)が「いつの時代がよかった」「○○年の頃かなあ」という風なことを語り合っており、それをカメラは空からの俯瞰で映して、どんどん遠ざかっていく。バックに流れるのはあの曲だ。

 恋愛も知り、男と女の別れも知るようになった、大人になった僕は、この映画を思い出すたびに、心の奥底にあのシーンが思い起こされ、切ない思いに駆られるようになった。見た当時ではなく、記憶の中から呼び覚ます映画である。

 こんな映画の「見方」もあるのだと、最近になって気づいたのである。

 

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